2017年3月18日土曜日

3月5日  <ライネケ>

春になった。
Chicaが植えてくれた草に白い花が咲いた。
横にはチューリップの葉が伸びてきている。
しばらく前までは、白いものを見るたびに、ロナのことを思った。
屋上にも
小さな白い花が
3月5日はロナの命日だ。
といって、別に何をするわけでもない。きちんと揃えた前足に長い尾を巻きつけるようにして、三角形の目で、傲然と端座している彼の姿を思い起こすだけだ。

彼は、いわゆる内飼いではなく、外出自由だったから、気が向いた時に、当然のように、我々に玄関のドアを開けさせ、我々がいなくても、屋上の扉に付いていたくぐり戸を抜けて、屋上に出ることが出来た。彼がまだ手のひらサイズで目も開かず、自力でミルクも飲めなかった時から育てたというのに、私たちは彼の親というより、ドアマンであったり、給仕係みたいだった。

設置して12年目になる。
風にあおられて、何度も外れて飛んだ。
そのたびに、接着剤で補修して、まだ、使っている。
未練がましいようだが、彼に関連するものだと思うと、捨てきれない。今はゴロが屋上に出るのに使っている。

屋上西南側から、
お隣さんの屋根瓦が見下ろせる。
ふと窓から外を見下ろすと、草花の間を身を低くして歩いている彼の姿が見えることがあった。
結構な段差なんだが、
ロナは、一躍、身を翻して、
外の世界に出て行った。
ロナは、自由と気ままの象徴のように思えた。

ロナの後任のゴロは、動物愛護センターとの約束で、内飼いされることになった。彼も屋上によく出るのだが、幸いというべきか、この段差を飛び降りて、外界に出ていくという様子はない。それでも、屋上で、春の日差しと土と草に触れられるゴロは、世間並みの完全内飼いの「ネコちゃん」よりは、幸せなんじゃないかと思う。


ロナが去って5年たった今もしばしば考えてしまう。彼は私にとって、一体、何だったんだろうか。「自然」の一部だったのか? 「神」の伝言者だったのか? 彼が、私たちと共に、人生の十年余りを過ごしてくれたことで、何かが示されたような気がする。


屋上の射場の安土の斜面に、ロナが駆け上がった跡がまだ残っている。
爪の形が分かる。
深く残った彼の足跡に、今も爪の形を認めることが出来る。安土に水をやるたびに、この足跡に水を掛けるのをためらう。もう数年経つと、この足跡も消えてしまうのだろうか。

足跡というのは、土側に残った土の表面のことなのか、土の凹凸に入った空気側なのか、あるいは、その境界のことなのか? 土が崩れ落ちて凸凹がなくなれば、足跡は消滅するものなのか。それとも、それを見て、何かを思った人の心の中に残る何かのことなのか?記憶というものも一種の「もの」なのか? いや、これを見て、あれこれと想いめぐらすということそのものも、足跡そのものなのかもしれない。

今の私には、木の床に残った彼の爪あとも、安土に刻まれた彼の足あとも、単なる彼のあとかた、あるいは記憶であるというより、彼そのものと思える。「ロナ」というものに起因するすべてのもの、今は聞くことのない彼の鳴き声や見ることのできない彼の眼の色、彼の身ごなしを思い起こし、次々にさまざまの思いが連鎖して生じる。そうした「もの」だけでなく、形のない「反応」「情感」も含めて、すべてが「ロナ」であり、「私」であり、「世界」そのものなのかもしれない。


夕暮れ時の西の空の色が移り変わり、煙が消えていき、やがて濃い青の空に月が出る。

ある集まりの挨拶で、「当家の屋上から西の海の夕暮れの空を見ていると、本当に美しくて、人生の美しさ、はかなさを感じます。」と大真面目で言ったら、会場のあちこちから笑いが起こったのには驚いた。大げさに聞こえたのかな? 「美しい」という言葉を無邪気に口にした私は、少し傷ついたよ。一度、見てみるといい。

こんなに美しいのに。
明日は見られなくなるかもしれないのに。



 人生如夢    人生は夢のごとし
 一樽還酹江月  一樽また江月に酹(そそ)がん




2017年2月25日土曜日

時には哀しい事もあり…

春の雲は秋の雲ほど高くない気がする
まだ春霞で空気全体がもやっていない空は
牧歌的に浮かぶ綿雲が、殊の外美しいと思う

先日は、強風が吹き荒れた翌日の2月の空の美しさを堪能した

愛媛県壬生川河口 遠くにしまなみ海道
穏やかにスタートした今週半ば
友人の訃報が倉敷から届いた
今から15年以上前、今よりももっともっと未熟な私は
いっぱい彼女には助けられた
6才年上のOさんは、よきお姉さんだった

こんな日が来る事を思ってもみなかったわけではない

2年前、小さながん細胞が肺に見つかった事を彼女の口から聞いていた
「なるようにしかならないの」彼女は穏やかに笑っていた
1年前、電話で話声を聞いた

ちょうど10年間にわたる責任のある仕事のかたがついたらしく
安堵感でいっぱいの、いつにも増して明るい声だった

その時私が抱える問題の相談相手として適任だと思っての電話だった
「良い方向を信じて強く願えばいいの、不思議に叶うのよ
自分に与えられた仕事だと思ってね」

好きな山登りも旅行も楽しんでいるふうだった

「話聞いてあげるから泊まりにおいで」
そうだ、困れば彼女と話そう

私は迂闊だった
結局この1年間、面倒なこの問題は棚上げして埃をかぶらせた
相談に価する本気で困ることなど起きては来なかった
Oさんに会いに行くきっかけを作れなかった自分がはがゆい

昨日のお葬式には遠路であることに加え
tuperaワークショップのこともあり列席しなかった
家路に急ぐ時間帯は、晴天なら西日がまっすぐ目に飛び込み
いつも殺人光線!!と思う

この日も厳しい西日だった
細めた目に一筋の雲が見えた
太陽に向かってまっすぐに伸びるその雲は、けっして飛行機雲ではなかった
あわてて携帯を取り出して写真を撮った
彼女の魂が昇っていくんだなと素直に思えた
さようなら 私はここで貴女の事を思っている
あなたが残した言葉を思っている
さみしい 本当にさみしい

鉄塔左の電信柱あたりから伸びる縦雲

2017年2月20日月曜日

面白いか、楽しいか、喜びになるか

tupera tupera(造形作家?絵本作家?)のワークショップをやると決めて
早、一年が経ち、開催までいよいよあと一ヶ月を切った
団体で取り組んでいることだから、私だけがやっているわけではないが
盛り上がりを願って、いろいろ発案する立場で準備してきた


       
好きなことをやっているときのほうが面白いし、楽しい
それが自分のためだけでなく、少しでも人のためになるならうれしい
本当に求められることなのかどうなのか…
少し疑問を感じつつスタートした仕事であっても
引き受けたかからには、納得が行くようにやりたい

お客様に喜んでもらえるようなおみやげ作りを考えた
団体はどこからも援助のない主婦団体なので
なるべく元手のかからないことが求められる


考えたことを形にするのは面白かった
自分の指先から、ささやかでも物を創りだすのは楽しかった
今までの 子どものおやつづくりの力も捨てたものではないと思ってみたり…
いや本気で「これは商品開発だ!!」と気取ってみたり…

とにかくあれやこれや、仕事なのか 遊びなのか
曖昧な境界線上で、少しずつ形ができ上がってきた

絵本もド〜ンと買ってもらって活動資金に還元せねば…
本来の目的はいつの間にか、どこかにぶっ飛んだ感も否めない

いやいやそもそも言われた仕事を言われたようにできないのが私なのかもしれない
 今更ながらの自己発見 
 沖に浮かぶトリチピテ号に乗って、どこか遠くへ冒険旅行
ワニのワニーニのような無邪気さを忘れたくないね
今日は石鎚山もくっきりと見えて何だか幸先よい気がした
とうとうライネケまで巻き込んで、何が何だか分からないけど
単純に、支えてもらっている気になっている私っておめでたい?

2017年1月29日日曜日

愉快で阿呆らしいことをする ネコパコ部

我が家のゴロタ君は最近の測定では5.7kgだったらしい
猫としては結構なおデブだと思う
でもその猫が小さく見えるほど、この缶詰はずっしり大きい
いわゆる1号缶サイズが、これです
さすが蜜柑の国
愛媛県ではそこら辺のスーパーで当たり前に売っている
…というのはさすがに嘘だけれど
この缶詰を初めて見たとき、血が騒いだ

愉快阿呆らしいことがしたい〜!!


そんなわけで、お正月にこの缶いっぱいのゼリーをつくってみたのです
食後にテーブルにド〜ンと出す
目的はただひとつ みんなをびっくりさせたい !!
久しぶりに帰省して増えた大人7人と、まだ食べないけど1歳未満児1名の大家族がデザートに二日間食べ続けてもまだたっぷり1/3は残っていましたが…
初期の目的は、とりあえず達成したわけでした

「ま、もうしばらくはやんないよね」との反省と共に残りを二人で片付けた
ちなみにこの缶の横にある小さな缶詰はいわゆる普通のトマトの缶詰です
面白がった息子が写真を撮りました
ところが、あなた
またぞろ…ですよ…

きた〜 一号缶
とあるところから何故か私がお預かりすることになりました

今度は可愛げのない実務派でしたが、たしかにこれもみかんですね

それで性懲りも無く、前例にならってゼリーを作りました
自分で言うのもなんですが、味は折り紙付きのおいしさです
今回は食べ手も多いことだから、先憂なくちょっと安心かな
皆さん面白がってくれるかな




速いような、遅いような時間の流れの中で、
今年もスタートして一ヶ月がたとうとしています
自分の役割、自分のタラントなど様々なことを考える時でした

真面目なたちでもないのに何だか真面目そうなふりをして63年間生きてきた部分に最近ちょっと飽きてきたなと感じています

ほんのもうちょっとだけ周りを楽しくする存在になれないかしら…
そんなことを思います

どんな時にも面白がっている姿勢
まだまだ訓練が足りないけれど、生きる目標のひとつにしたいかな

続きはまたいつか

2016年12月31日土曜日

往く年 来る年

ねえねえ、今って何年?何年?
んんんー、じゃあ、次は?

そろそろ僕の出番が来ると思うの。

いいや、儂じゃと思う。

んんんんんー、誰の年でもいいんだけどさ、
それぞれに日当たり良く、健やかで、心穏やかであるといいね。

そうね、それって、幸せだよね。

あなたも私も、幸せでありますように。 さようなら2016年 よろしくね2017年。

2016年12月31日 仙人掌姉

2016年12月24日土曜日

Merry Christmas !

メリークリスマス!
これは、わが家のクリスマスツリーだ。ひっくり返すと、
2001.12.24
あれから、なんと、15年も経ったのか。
道後の椿湯の角のお土産屋さんのショーウィンドウの中に飾ってあった。
迷った挙句、Shigeくんと一緒に買ったんだ。
てっぺんで笑っているのはウサギさんだ。
今日は、12月24日土曜日だ。不思議な一夜を過ごして、すっかり心がきれいになったスクルージ爺さんが、なんとかクリスマスの朝に間に合ったみたいに、清々しい気持ちでクリスマスイブの夜を祝おうではないか。



まずは、レアチーズケーキとそして、


チョコレートケーキを食べて、


紅茶を飲もう。

諸人こぞりて、迎えまつれ。

諸君、クリスマス おめでとう !






2016年12月6日火曜日

Return of Reineke   ライネケの帰還

ライネケは帰ってきた。
どこからって・・・・。話は長いんだけど。

さっさと言ってしまおう。
鼠径ヘルニアのため、愛媛県立中央病院の消化器外科に、12月1日から4日まで入院して、手術したのさ。

磁器の浅鍋ですき焼き
おまけに
ハマチとサケの刺身
11月30日水曜日、夕方、仕事が終わってみると、ネコパコが豪勢な夕食を用意してくれた。最後の晩餐というわけじゃなくて、明日からしばらく病院食だから。

左の丸いのは伊予鉄高島屋の観覧車
右寄りの山の上に見えるのが松山城
何と、病室は伊予鉄市駅の近くの10階の個室で、窓いっぱいに松山の街が広がり、正面には城山が見える。晴れてて景色はいいが、心は沈むよ。

赤丸のあたりがぷくんと出ている
左側にも、少し小ぶりだが、同様のぷくんがある
手術のために、看護婦さんに剃られちゃって、かわいそうなおいらの下腹部には、こんなふうに、左右にプックリがある。このプックリの中身ははみ出した大腸らしい。要するに脱腸だ。なさけないね。

いよいよ手術に向う。
緊張するな。
やっぱり。
入院翌日の金曜日、午後1時半、予定通り、手術場入りする。
その前には、腕には輸液路確保のための持続点滴を挿し、尿道にはカテーテルが留置される。

弾力ストッキング
昔はこんなのしなかったよね。
医学はどんどん進歩しているようだ。
さらに、両下肢には、静脈血栓や塞栓を予防するため、弾力ストッキングを履く。

手術場入り口
ピントがぼけてるのは
不安のためか?
ネコパコが付き添えるのは、ここまで。
「がんばってね。」「じゃあな。待っててね。」と、手を振りあう。

手術は、全身麻酔下に、臍の高さで臍とその左右に、合計三箇所の小さな穴をあけ、そこから、細い内視鏡を入れて、腹腔側から両側の鼠径ヘルニア付近に達して、薄い筋膜を、メッシュと呼ばれる人工の補強材で補強するというものだ。時間と手間はかかるが、侵襲が少ないのだという。とにかく、主治医のO先生を信頼して、お任せするしかないね。

病室にご帰還。
まだ、麻酔が覚めず、
この時点では意識がない。
午後4時45分、手術を終え、病室に帰ってきた。生まれて初めての全身麻酔だったが、手術中のことは全然分からない。病室に帰ってきて、しばらくして、気がついた。

その夜は、あまり眠れなかった。じっと仰臥位でいる、ということは、ひどく疲れるもんだ。動かないで、同じ姿勢でいる、というのは不自然なことだということが身に沁みて分かった。咳すると、腹筋運動をやり過ぎたあとみたいに、ひどく腹が痛み、寝返りをうとうとしても、痛くてできない。

正直、明後日日曜日に退院して、月曜日には仕事を再開しよう、なんて言ってたけど、こりゃ、とても無理、と思った。
やっと
自由になれて
本当にうれしいよ。

手術翌日の土曜日夕方までには、やっと腕の持続点滴も膀胱カテーテルも外してもらって、ひも付きでなくなった。自力でトイレまで行け、自分の意志で排尿できるって、なんて幸せなんだろうね。腕の静脈に差し込まれたプラスチックの針に無理がかからないように、腕をあまり動かさないようにしているということが、いかに疲れることか。

病院食の一例
見た目より美味しい。
三度三度の病院食は、三分粥に始まり、五分粥を経て、普通食になった。見た目はかなり地味だが、割合、しっかりした味付けで、それなりに美味しかった。それにしても、やっぱり、キャベツの煮たのは好きになれないなあ。ネコパコのご飯が食べたい。

退院の日の病棟の廊下
日曜日の朝は、閑散としている。
4日目、日曜日の午前10時、退院した。予定通りだった。
手術は無事に終わり、ライネケは、自分でルポを運転して、家に帰ってきた。

ライネケの帰還
プップー、プップー
ライネケさまのお帰りだよ。

(「ひきがえるの冒険」ケネス・グレアム作 
 訳・菊池重三郎 さしえ・山田三郎
講談社 少年少女文学全集 第10巻より)
日曜日の夜、ネコパコはライネケの好物のうなぎの蒲焼を用意してくれ、ライネケはそれを自ら、焼いて、つゆ沢山のライネケ流うなぎ丼にして、二人で食べた。

今もお腹は、引っ張られたみたいにチクチクするし、うっかり咳をしたり、急に身体をよじったりすると、ひどく痛い。しばらく腹圧のかかる動作は禁止されている。時には再発も起こるらしいし、楽観できないらしい。

だいたい元気で、自分のおうちで、自分のしたいことを、自分のしたいようにする、ということは、本当に素晴らしいよ。とにかく、かえってこれてうれしい。

     ついにきつねは帰ってきた
     居間も 広間も うし小屋さえも
     てんやわんやの大さわぎ
     そこへ帰ってきたきつね

     ・・・・・

     さけべ ばんざい 天にもとどけ
     みんなそろって 声たからかに
     われらがほこる勇士のために
     これぞ きつねのよき日なり

            (同上より、一部改変)

さあ、予定通り、明日から仕事だ。